和心の会10月ありがとうございました。

大型台風に警戒を促す予報の中、山地では、雨が静かにしとしと降っている感じです。今月も遠くからご参加の方含め、16名の皆様と共に過ごさせて頂きました。

今月のテーマは「愛」!!!大きな、永遠とも思われるようなテーマです。何度でも自分に問い直してみたいテーマです。

ダイニングの「愛」をテーマにしたメニューはこちら

愛には、恋愛の愛、家族の愛、神仏の愛、大自然の愛、大宇宙の愛…、いろいろ表現はあるのですが、本当はいったい何なのでしょうか。どれが本当の愛なのでしょう。はたまた、一つの答えなどあるのでしょうか。
人との関わりの中で、とどのつまり行き着くところに求めているものは「愛」なのかもしれませんね。愛がうまくいかない、と感じているならば、なぜそうなのでしょうか…。

今月も、セアロ師のお話に始まり、「愛のしずく」と題した今月和心の会のテーマ曲が流れる中、陽月堂ダイニングの食事を味わって頂きました。休憩をはさみながら、愛についてのご講話をじっくり聞いて頂きました。

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10月のテーマ「愛」

  • 「愛」はとても大きなテーマ。人の数だけ「愛」があり、認識も異なる。「無償の愛」と言うけれど、それは「対価がない」って言っているだけなんじゃないの?そんなのが本当に愛なの?「愛」を軽んじすぎだと思う。
  • 日本語にはもともと「愛(あい)」といわず、「愛(いと)おしい」という。Love=愛にしてしまって違う意味になってしまったのでは。愛情があるとかないとか、そういうのは、すべてギブ&テイク。あげたらもらう、という。愛してくれているかどうか、愛したんだから、愛してもらわないととか。愛が証明されたかどうかで量られるようなものになっちゃってる。
  • 縁側で、じいさん、ばあさんが、「天気わるいなー」「このお茶美味しいわね~」、全然違う事言ってるのに、会話が成り立ってる。互いに愛おしいという気持ちがあるからそうなってる。それが愛なんじゃないの?
  • 言いたいこと、分かってるつもり。分かってない…でも一緒にいる。それが夫婦(めおと)。契り(ちぎり)。契りって、約束事でしょ。それは国が決めたこと。自分が決めてない。それと「愛おしい」は違うでしょ。
  • 玉が飛んでいるような中、それでも遊んでる子どもがいる。本人たちはその瞬間、幸せだ。愛だ。全てがそろっている中、それでもバッテリーが切れた、携帯がゲームが使えないと嘆く子がいる…。本人は不幸だと思っている。つまらないね。
  • 一瞬一瞬、一秒一秒、人生無駄にしないためにも、「私はいいのよ」と思うなって。「私はいいのよ」は、自分がいい思いをしてからにして。明日、自分はいないかもしれないのに。
  • 自分が幸せで元気なら人のことができる。息吸ってはいている以上、元気なんだよ。病気したら、病気するまで頑張っている自分がいる、私って愛おしいと思えたらいいね。人にほめてもらわなくていいんだ。
  • 老後なんてないよ。老人と思ったらダメ。いつまでも、「年を重ねた18歳」だ。
  • 何でもやりたくなる、近くの人へ奉仕したくなる、自然にそうなる、それが愛。「無償」もくそもないよ。無償って、有償の反対だろ?
  • 人の幸せのためにやるのが愛。愛おしいからやる。母親が赤ちゃんに母乳をやってる様子を、対価もらわないから無償の愛っていうの?違うでしょ?
  • 愛されているからこうしないと、ああしないと、愛してくれるならこうしてあげる…。これも違うね。
  • 愛おしいから、愛したいから奉仕する、それだけでしょ。そうしていたら、思いがけない喜びが返ってきた。「思いがけず」…でしょ。
  • 愛されているという事に敏感になりなさい。何かしら愛されていると感ずるなら、それは自然からの恵み、愛。人間の感覚の、定義の愛ではない。証明できるものでもないし、証明してくれというものでもない。愛されているかどうか確かめるのはやめなさい。