和心の会6月 有難うございました

6月の和心の会は「思いやり」がテーマでした。例年の梅雨をイメージして、雨が降る中、アジサイの花を見ながら、自らの人との関わりを振り返り、「思いやり」について、じんわりと考えてみるひと時を、と思ってのテーマでした。期待は裏切られ(?!)、晴れの国岡山らしく、良い天気に恵まれた1日になり、県外からも大勢の方がご参加され、陽月堂ダイニングのMAX18名様、満員御礼の和心の会となりました。

今回はSummyさんの思いやりをテーマにしたキーボードと、石川県から飛び入り参加の未来さんのフルートが加わり、生演奏の音楽に耳をかたむけながら、魚料理を味わっていただきました。ダイニング料理については、こちらをご覧ください。


和心の会では、いつもサポートスタッフとして参加のSummyさん。エプロン姿で皆様のランチタイムをサポートする姿は、思いやりのテーマにぴったりな風景でした。

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今回は、短めの休憩をはさみながら、続けてたっぷりとセアロの講話の時間がありました。「思いやり」といえば、相手に対してどうふるまうか、と端的に思いますよね。「思いやり」と「いい事」の違いは?「思いやり」と「甘やかし」の関係は?そんな疑問をもちながら、セアロのお話を伺いました。

ご講話から印象に残ったお話は、次のような内容でした。メモはあくまでも、受け取る側の認識によるまとめ方になっています。ぜひ次は皆様直接お話を聞いて、ご自身の心のメモを増やしてみてください♪

・「思いやり」は、まず「自分への思いやり」、から考えてみる。
・人に対する思いやりのつもりでも、結果、こうしてあげたのに、という気持ちを抱えることは「自分への思いやり」になっているのか、考える必要ある。
・応えてくれたら、気づいてくれたら、そういう気持ちがあっての行為は思いやりでもなんでもない。
・自分の弱点は言い訳し、強い所は強調する、いったい誰のおかげなのか、そこを考えないと。
・誰かが助けてくれる、、、そんなことは絶対ない!自分を助けられるのは自分しかない。自分のために息を吸っているのは自分だろう。自分で吸うしかない。
・自分は孤独だ、寂しい、人に言われるばかりだ、、、じゃあ、そんな言われっぱなしの人生を送っているのは誰?自分の生き方が悪いのか、周りが悪いのか?
・人生というものは、どこか、誰か、必ず関わっているもの。人さまのおかげ、が言える人生、利他の生き方をしても、最期は自分一人で死ぬ。一瞬だとしても、最期は自分を振り返り、自分が自分の人生を看取ることになる。利他で生きても最後は私利となるはず。
・自分を思いやれない人、人を思いやれるはずがない。自分をいじめるのが上手な人は、人をいじめるのも実は上手。
・自分の体への思いやり。本当に思いやっているか。あ、○時だから食べないと、と、体の都合ではなく、時間によりけりで決めている。そういう自分になってないか。
・身近な人への思いやり、みんな下手。近いほど、例えば親子の関係。人としての存在であることを忘れている。言い過ぎた、まあいいか、を繰り返すうちに、それで当然ということになっている。
・言われる方も、幼いころはケンカしたって、翌日はケロッとして一緒にあそうぼう、となっていたのに、大人になると刺さると痛いと言い出す。
・幸せはそこにあるのに、勝手な尺度で幸せを求めだす。「マニュアルが要る」、というような人生。そこで求めた幸せは真の思いやりからかけ離れている。
・人から優しくされて幸せ、、、それは自らへの思いやりとは関係ない。本当の思いやりは、自らが自らと分かち合い、幸せを感じられること。真の思いやりは、口先の言葉だけのものではないはず。自分さえ思いやることできず、自分をないがしろにしていて、人に思いやりなどできない。
・人を思いやっても、人がそうしてくれない、ということがあれば、「しゃーないな」で終わり。人がそうしなくても、自分がそれに同調してはいけない。
・自分が、思いやりがなかったな、と思うことがあれば、自己反省したらいい。しかし、人がそうなったとき、あの時こういった、ああ言ったと責めるのは、果たして自分へお思いやりにつながるのか。
・損得なくできることが思いやり。感情も入らない。感情が揺れたとしても、揺れていいと思うだけ。感情を長持ちさせることは不要。つまり、根に持つということ。楽しい事はさっと消えうせるのに、苦しい事はいつまでも覚えている。それは情に執着するから。
・何事も、夢中になって、感謝しながら本気でやることが増えてくれば、知らぬ間に「出来る範囲」が増えてくる。「出来る限りやります」と言って本気でやる人は、自分が知らないうちにあれもこれも出来るようになる。そこで人に言われて情にとらわれ、歩みを止めたらそこまで。誰に何を言われても、やり続けると、本当の男前、女前になれる。
・自らが和めば自らを思いやることができ、人に与えられる自分になれる。つまりは、自分を喜ばすことになる。自分を喜ばすことが出来る人は人を喜ばすのは簡単。