2018年7月16日月曜日

和心の会 7月

驚くような暑さの中、皆様お元気でおすごしでしょうか。

岡山県は、災害がないと言われてきましたが、この度の大雨でとんでもない事態に見舞われてしまいました。しかし、一方ではこの地区は冠水の危険性が噂されており、自治体も1,2年のうちに改善工事をする予定を立てていたという中での出来事ではありました。
全国から、海外からもご連絡を頂きましたが、外からニュースを見れば同じ倉敷市ですから、ご心配されたかと思います。被災地の被害は甚大で広範囲と言わざるを得ませんが、それでも地域は限定的であり、ここはいつもと変わらぬ日常のままです。

被災者やご家族の皆様には心からのお見舞いを申し上げますとともに、自衛隊をはじめ、行政関係者の方々、人命救助や医療、撤去作業に従事しておられる皆様には、心からの感謝を申し上げる次第です。

あれが悪い、これが悪い、やれ誰それの責任だと押し付け合うことはみっともなく、事実は事実として受け止め、必要以上に悲惨さや大変さをあおるかのような報道表現には、常にニュートラルにいたいと思います。一人ひとりの命と人生の責任は、それぞれにあるということを学ぶ私たちは、縁あって目の前にやってくる事に専念し、その中で必要とされることに精一杯のことができればと思うところです。

こうした事が世の中で起きている中で迎えた今月の和心の会。テーマは「生と死」の後半、「死とは」というお話でした。今月は満員御礼、多くの方がご参加下さり、特に親子でご参加の方が2組いらっしゃり、若い方達がご参加されて嬉しく思いました。

「何で生きているのか分からない」、「何を目的に生きればよいかわからない」といった人がたくさんいる…。生きていながら死んでいるような生き方をしていることが沢山あるのではないか、という投げかけで始まりました。

せっかく生まれ、名前もつけてもらって、「なぜ生まれてきたのか」なんて疑問に思うのは、「答え」ありきで走らなければいけない、100点満点目指してがんばらなきゃいけない、という今の社会を反映しているような生き方をしてきているから。人が決めた100点めざし、褒めてもらわなければ自分で育たない、そんな人任せの人生して、自分を殺して生きているのも同じでしょう、というお話でした。

肉体の死については、死んでから考える、生きているうちの今を、本当の意味で生き抜くことがいかに大切か、どういう時、その反対をしてしまう自分がいるのか、感情や意識が振り回されてしまうのか、振り回されたところに起こる疑問に悩むのではなく、もっと本質的なところに意識を戻す、というヒントをたくさん頂けたお話でした。

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