2018年4月23日月曜日

第2期 和心の会4月

和心の会4月にご参加の皆様、ありがとうございました。
きゅうに温かくなり、お話し中には暑くなりすぎて障子をあけたほどです。陽月堂の庭では、五月とつつじが満開!です。

テーブルの上にも、前回同様サポートメンバーさんが、かわいらしいさつきの花を飾ってくれました。(写真がボケてしまって…)

桜のあと、梅、そして五月…。
引っ越してきたときには、ジャングルのような庭で、どの木をどう手入れし、剪定したらよいかもわからず、ただ色んな事に利用するためにかなり刈ってしまってもいますので心配でしたが、きれいな花を咲かせる木が残っていたようで、毎月目を楽しませてくれます。

さて、今月の和心の会は、「尊厳」がテーマでした。先週、会に参加を考えていたZさんからこんな質問がありました。「自分が勤める病院に"患者さんの尊厳を大切にすること"とあり、部下に尊厳の意味がうまく伝えられず、お話を聴いてみたい」。
ちょうどよいテーマが自分に来た!ということで参加されました。さあ、今回はどんなお話だったでしょうか。

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<「誇り」セアロ師のお話からのメモ>

  • こういうテーマだと、言葉が難しいという人がいる。今、言葉が"絵文字ことば"になっているんだろうね。ちゃんとした言葉を敬遠しているようだ。
  • 感覚の言葉といいつつ、型にはめられたイメージだけで表現しないといけないと思っている。感情の言葉も、簡単に終わらせようとするものになってしまっている。
  • そうしたことからも、自分の本気度、真剣に自分を生きる姿を自分に示してきたのか、ということが問題。その”自分”も知らないままでいる。
  • 「尊厳」という言葉を聴いた時、自分に響くものがあるかということ。その響きに呼応するようなものが自分の中にあるか、ということ。「尊厳をもって生きよう」なんて思わなくてもいい、積み重ねてきた自分があれば、意識せずとも尊厳は現れてくる。
  • 人に点数つけてもらおう、私今何点?って思っているうちは積み重ねた自分にならない。生きている間、いつも途中、ずっと死ぬまで道半ばなのに、今人に自分がどこにいてどんな評価かなんてきいてどうするの。生きている間に決められるものでもないし、人に決めてもらう人生なんて…。
  • 生きている間に、ここまで行きたい、こういう最高の自分になりたいって思ったところで、今のレベルの自分が描ける範囲だけでしょ。そんなもの、簡単に越えられるのに。そこを超えられたら有頂天になって、まだ上があるのに見ようとしない。
  • 今の人生そのものを1枚の鏡と思って毎日磨く、磨き続ける自分なら輝く。好き嫌い、良い悪い関係なく磨き続ければいい。みんな自分の鏡見ないんだね。自分という鏡、しっかり見れる自分であれば、全て「大したことない」事が分かる。
  • 人に聞かなくていい、自分が今こう味わっている、、、それだけでしょ。幸せというのは、今の空気の中で自分の存在を自分で見つけた時、自分でいて幸せ、鏡みて幸せというもの。今だよ、今の自分が感じられるだけ。それが全て。
  • 世間に合わせて生きようとするとうろたえる。自分にあわすの。まず自分が一番自分でいて幸せという生き方をすること。それを人に提供できるようになれば、奉仕というものができれば、初めて尊厳が生まれるだろうね。。
  • 人に奉仕できない者を身勝手という。それを自分が知っている者は、ちょっと苦しいというとき、もし誰かが手を差し伸べてくれたら、感謝するだろう。自然にありがとうといえる。申し訳ない、ごめんね、すみません、と言わない。申し訳ないと出るのは、自分がやってない証拠。
  • あなたがあなたの名前がつく前の自分、何も考えず知らずに来たはず。「自分」をしに来たはず。名前がついて、経験して、失敗して、悔いを残して…。自分で解決せずに人任せ…、それはだめでしょ。
  • 自分の事自分でやって、何かに夢中になって…、寝てもさめても、呼吸することさえも忘れるぐらいやっている時、人にのぞきこまれるような尊厳が現れている。