2018年5月29日火曜日

和心の会5月

今年は梅雨が早く訪れるという知らせを聞きました。晴れの日が多い岡山も、今年はなんだか雨が多くてどんよりした日が頻繁に訪れます。
しかし、和心の会5月の開催日は、五月らしい、岡山らしい青空が広がり、さわやかな気持ちで皆様をお迎え致しました。

今月のテーマは「継承」。
来年の4月に平成は終わり、5月より新しい元号のはじまりです。ご講話も、皇室にまつわるお話にはじまり、皇紀2,678年を迎える我が国日本の長い歴史の中に私たちは生きている、という大きな視点からのお話でした。
なかなか自分の事で精一杯、という日々を過ごしていると、自分とかけ離れすぎて難しいお話のように思われるかもしれませんが、今月のお話も、「自分」がどう自分の人生を生きるのか、自らをまず自分のために継承していくというお話になり、やはり自分が今日、今、どう生きるのか、に重点を置いたお話になりました。

毎月、セアロ師のお話をこのブログでご紹介してまいりましたが、やはり皆様に参加して頂き、お話を直接聞いて感じて頂きたい、五感で味わって頂きたい、と思い、お話の内容をブログ公開するのは控えさせて頂こうと思います。

ぜひ、直接足を運んで頂き、ご参加くださいませ♪

今月の料理はこちら・・・




2018年4月23日月曜日

第2期 和心の会4月

和心の会4月にご参加の皆様、ありがとうございました。
きゅうに温かくなり、お話し中には暑くなりすぎて障子をあけたほどです。陽月堂の庭では、五月とつつじが満開!です。

テーブルの上にも、前回同様サポートメンバーさんが、かわいらしいさつきの花を飾ってくれました。(写真がボケてしまって…)

桜のあと、梅、そして五月…。
引っ越してきたときには、ジャングルのような庭で、どの木をどう手入れし、剪定したらよいかもわからず、ただ色んな事に利用するためにかなり刈ってしまってもいますので心配でしたが、きれいな花を咲かせる木が残っていたようで、毎月目を楽しませてくれます。

さて、今月の和心の会は、「尊厳」がテーマでした。先週、会に参加を考えていたZさんからこんな質問がありました。「自分が勤める病院に"患者さんの尊厳を大切にすること"とあり、部下に尊厳の意味がうまく伝えられず、お話を聴いてみたい」。
ちょうどよいテーマが自分に来た!ということで参加されました。さあ、今回はどんなお話だったでしょうか。

今月のメニューはこちら><COCOWINニュース♪

***

<「誇り」セアロ師のお話からのメモ>

  • こういうテーマだと、言葉が難しいという人がいる。今、言葉が"絵文字ことば"になっているんだろうね。ちゃんとした言葉を敬遠しているようだ。
  • 感覚の言葉といいつつ、型にはめられたイメージだけで表現しないといけないと思っている。感情の言葉も、簡単に終わらせようとするものになってしまっている。
  • そうしたことからも、自分の本気度、真剣に自分を生きる姿を自分に示してきたのか、ということが問題。その”自分”も知らないままでいる。
  • 「尊厳」という言葉を聴いた時、自分に響くものがあるかということ。その響きに呼応するようなものが自分の中にあるか、ということ。「尊厳をもって生きよう」なんて思わなくてもいい、積み重ねてきた自分があれば、意識せずとも尊厳は現れてくる。
  • 人に点数つけてもらおう、私今何点?って思っているうちは積み重ねた自分にならない。生きている間、いつも途中、ずっと死ぬまで道半ばなのに、今人に自分がどこにいてどんな評価かなんてきいてどうするの。生きている間に決められるものでもないし、人に決めてもらう人生なんて…。
  • 生きている間に、ここまで行きたい、こういう最高の自分になりたいって思ったところで、今のレベルの自分が描ける範囲だけでしょ。そんなもの、簡単に越えられるのに。そこを超えられたら有頂天になって、まだ上があるのに見ようとしない。
  • 今の人生そのものを1枚の鏡と思って毎日磨く、磨き続ける自分なら輝く。好き嫌い、良い悪い関係なく磨き続ければいい。みんな自分の鏡見ないんだね。自分という鏡、しっかり見れる自分であれば、全て「大したことない」事が分かる。
  • 人に聞かなくていい、自分が今こう味わっている、、、それだけでしょ。幸せというのは、今の空気の中で自分の存在を自分で見つけた時、自分でいて幸せ、鏡みて幸せというもの。今だよ、今の自分が感じられるだけ。それが全て。
  • 世間に合わせて生きようとするとうろたえる。自分にあわすの。まず自分が一番自分でいて幸せという生き方をすること。それを人に提供できるようになれば、奉仕というものができれば、初めて尊厳が生まれるだろうね。。
  • 人に奉仕できない者を身勝手という。それを自分が知っている者は、ちょっと苦しいというとき、もし誰かが手を差し伸べてくれたら、感謝するだろう。自然にありがとうといえる。申し訳ない、ごめんね、すみません、と言わない。申し訳ないと出るのは、自分がやってない証拠。
  • あなたがあなたの名前がつく前の自分、何も考えず知らずに来たはず。「自分」をしに来たはず。名前がついて、経験して、失敗して、悔いを残して…。自分で解決せずに人任せ…、それはだめでしょ。
  • 自分の事自分でやって、何かに夢中になって…、寝てもさめても、呼吸することさえも忘れるぐらいやっている時、人にのぞきこまれるような尊厳が現れている。


2018年4月5日木曜日

~富山へ出張~

こんにちは!陽月堂のマヨです。桜の季節もピークを迎え、日々過ごしやすくなってきた
3月の終わりに陽月堂社長、事業部長、本部長(肩書きだけはエラそうですが笑)の3名で
富山県富山市へ出張して参りました。
富山とのご縁は、ご存知の方もあるでしょうが、アンコ作り修行に山地へ来訪された富山在住の斉藤さん(ガツ子さん⇒あだ名の由来はご本人よりお聞きくださいまし)が陽月堂の事業(海外事業)を意欲的に全力で応援して下さっている繋がりから始まったものです。

ガツ子さんは、セラピストでありからだリセット、紡ぐキッチンの経営者でもある
パワフルな女性です。
ウィン事業部長も幟に感激?!

ご自身のお店で陽月堂COCOWINのパンやココナツオイルを販売!
ご来店頂いたお客様に直接説明できる機会もあり♪


支援物資の呼びかけも行い!









ミャンマー雑貨、衣類を常設展示!
おばば本部長、ちゃんと試着補助できてるの?!
当社にとって、本当に有難い応援、協力者であります!!
<今回の富山訪問の出張目的>
その①:当社の商品の取り扱い状況を店舗にて確認させて頂き、ミャンマー雑貨や衣類の取扱いや商品説明、ディスプレイのご提案などを致しました。

その②:パワフルガツ子社長が近隣の農産物直販店にかけあい、COCOWIN冷凍パンを
取り扱っていただく流れとなり、直販店を視察、店長さんへご挨拶と打ち合わせを簡単にさせて頂き、商品のディスプレイをどのようにしていくかを検討して参りました。

店長さんへご挨拶:我が事業部長は貫禄あるでしょ?笑
富山の地でCOCOWINパンが喜ばれるとうれしいですなぁ~♪♪



その③:なーんと5月3日(水祝)に協働イベント開催!!そちらの打ち合わせを行いました。ちょうど4月半ばにミャンマーから仲間が数名来日することもあり。。
世代や国境を越え、人との繋がりを紡ぐ「ほっとする国際交流&支援まつり」を予定しております。このブログを読んで参加してみたいわーーという方がいらっしゃいましたら、
陽月堂または、紡ぐキッチンまでご連絡くださいませ。

ガツ子社長渾身の力作フライヤー★

そんなこんなで夜は打ち合わせ、、そして雑貨衣類等の検品と、、いつもの如く夜更けまでのお仕事でした♪
最後に、紡ぐキッチンでご提供されている〝オーガニックパンプレート”を試食!!
こちらのパンはもちろんCOCOWINのパンです。どんなふうにご提供されているのか
興味津々でありました。。
そりゃ我が子かわいさ、ひいき目ありありですが。。それをとっぱらっても、このパンプレートいけまっせ~♪♪(byマヨ本部長)
紡ぐキッチンを切り盛りなさっているのは、ガツ子さんのお母様!パンにあうスープ、一品をご準備くださり、本当においしく頂くことができまして大満足!!
(特にガツ子アンコ入りアンパンはサイコーでした^^)
ガツママ(ガツ子さんお母上様)
1泊2日の短時間滞在ではありましたが、やはり現場に足を運ぶことの大切さを改めて感じました。こうしたご縁を大切に育みながら、ガツ子会社も陽月堂もみなさまに愛され成長していけますよう、これからも一歩ずつ歩みを進めてまいりましょう~♪♪

以上。。出張報告でした。。





2018年3月26日月曜日

第2期 和心の会3月…

第2期目を迎えた3月和心の会は、「誇り」をテーマに開催いたしました。今年は桜の開花も早く、参加者でもあるサポートメンバーさんがテーブルを素敵にアレンジしてくれました。


和心の会は、どなたでもいつでもご参加頂けるよう、毎月異なるテーマで開催している会です。是非ご参加くださいませ♪<内容と日程はこちら

今月の陽月堂ダイニングのメニューはこちらのブログをご覧ください。

2期目のテーマは難しいね、とセアロもおっしゃっていましたが、難しく感じる言葉も、本来、日本で大切にしてこられた言葉だと思います。社会の変化、教育の変化に従って、少しずつ本来の意味も変わり、日常で使う、意識することさえしなくなった言葉のようにも思えます。しかし、変化は受け入れつつも、大切に次世代に伝えていく事は大事だと思われ、伝える私たちが感じ取り表せていけることを願って、セアロの分かりやすく、楽しいお話で学んで行きたいと思います。

***

<「誇り」セアロ師のお話からのメモ>


  • 自分の人生、複雑にしていないか?自分の人生、選べられるものがあると思ってない?どれが都合がいいか、それを選んだら自分はよくなると思っていないか。その前に、そもそも自分はその位置にいるのか。選べられるような自分なのか考えてない。
  • これは自分が選んだ、自分がやった、といいつつ、実は他力本願になってないか。
  • みんな、知識ないのにあるつもり、分かってないのに分かったつもり。すぐ分かったつもりになって、もうやらない。分かったら再度トライするだろうし、よく吟味してみようとするだろうし。
  • 明日の自分を心配するけれど、今日の自分はどこに立っているか、それが明日の自分の位置を決めることも知らないで。正しいところに自覚はあるのか。
  • 誇りというのは、人が見て誇り高い生き方をしている、あの人を誇りに思う、というだけで、自分で決めるような誇りは大したことない。チリ・ごみのホコリぐらいなもの。
  • 自分の人生で、選択できることなんて本当は少ない。自分の道を明らかにしないと。ただ、それが明らかになったとしても、自分がそれに満足して味わうことをしないと、誇りにはならない。
  • その脳みその中で想像するものが来たところで、本物じゃないんだ。脳みその中にあったようなものは、本当の意味で「味わう」ということができない。過去の記憶にあることは全て終わったこと。脳みそにあるのはそれだけ。
  • 今日の自分信じていない。自分にも信じてもらえないような自分。自分にも顔を見てもらえない自分。たとえば、怒っている自分。そんな時は鏡も見ない。自分の姿みないでしょ。自分に見てももらえないの。見たくもないの。
  • 都合の悪いところは「不安、心配」という言葉に変えて、「これからどうしたらいいか」と言い出す。都合が悪いって言ってるだけでしょ。
  • 自分の中の本当の自分。違う、とも、いいよ、とも言ってくれない。そして自分に嘘つけない。だから、自分の心の中の自分を見ないことにしてる。
  • 長い事悩みがある人。もし、君の生きる目的が、悩む事ならどうぞ続けなさい。違う、つまらない、と思うなら、もうやめたら。悩んでも悩まなくても結果は同じ。今のことだけ、自分のことだけでいいと思って生きていけたら、そんなものは不要。
  • 鉄砲の弾が行き交うような場で生きる子どもでも、飛んでないとき、遊んでる。その瞬間、幸せに生きているの。
  • そういう自分であれば、そこがやっと誇りの出発点だろうね。ただ、無駄に時間を費やすだけの人生じゃない。
  • 嫌な奴が出てきても、辛いことがあっても、いったいどこまで本当にそれが嫌か知ってるの?耳で聴いたり、見たり、想像してるだけで、その痛み、いびつさにあたかも自分が侵されているような気になって嘆いてる。人が言うだけ、あなたじゃないのに。
  • 「約束破られた」、辛いって、自分も破るくせに。相手が破ると怒る。そこに自分の誇りの本質はない。楽な方選んでるだけ。怠惰な人生選んでるだけ。
  • 自分に対して強くなってない。目に耳に入ってくる心地いいこと。ああいいなって思って、それで終わりでしょ。「私もそうしよう」といいつつ、でもね、今はね、とそこからすぐ離れる。楽だと思ってるんだろうね、その方が。「セアロはそういうけど、普通の生活戻ったらそうはいかない」って。「普通」って何?本当は、そういう状況、そういう自分から出たら本当に楽になるのにね。そしたら、「誇り」が分かってくる。
  • 自分の身の丈のことを、澄んだ心で熱心にやっている姿を人が勝手に「誇り」と表現するだけ。自分が思う誇りなんて。自分はそんな事考えなくていい。毎回違う自分を味わうだけ。集中してなんでも学び、なんでもよく考え、目の前の事をやる。心の美人になっていくこと、それを人が「誇り」という言葉を使ってあなたを表現するだろうね。










2018年2月25日日曜日

和心の会2月(第1期最終)有難うございました

昨年3月、門出をテーマにスタートした和心の会。開催12回、1年を迎えました。多くの皆様に支えられ、陽月堂ダイニング、パン工房、スペース…、ともに皆様と学び、味わい、楽しめることができました。

第2期も引き続き、毎月開催してまいりますので、今後ともよろしくお願い致します!
3月~の内容と日程はこちらをご覧ください。

今回のテーマは、「美しさ」。ミャンマーツアーのすぐ後、ということもあったのか、通常よりは少ない参加者数でしたが、いつものようににぎわい、セアロのお話も、ダイニングのお料理も、皆様が楽しんでおられる様子、会終了後の面談のみに参加の方も来られて充実した会になりました。(ダイニングブログこちら

「美しさ」、とは、本当に美しい言葉、それ以外に置き換えられないように思います。形や見てくれの美しさだけではなく、見えないもの、心、響き、などでも使われる言葉ですし、一般にも「真の美しさ」と聞いて、何か内面的なものを思うことは普通に考えられているとも思います。では、自分の真の美しさとは何か、美しい自分であるために必要なことは何なのか、はっきり答えられるでしょうか…。なかなか難しいですよね。

今回のセアロ師のお話はどんなお話だったでしょうか。

**

「美しさ」セアロ師のお話からのメモ

  • 「美しさ」は無限である。我々が五感で感じる全てに関わる言葉。おいしいという言葉も「美味しい」というぐらい、食べて舌が感じることも、美しいと表現する。
  • では、美しい、といってもどこが、と言い出すと、人の顔のつくりだとか、身体が、形が表現がいい、と言っているだけで。
  • 人によって感覚は違い、見方も異なり、どこがどうして美しいなど、本来はないはず。たとえば、老人ホームで、70,80になって恋に落ちて、「あの娘、きれいだな~」と思うわけ。あの娘?きれい~?と思っても、本人にはそう感じるんだから。
  • 自分自身を大事にして自分に優しい人は、そういう意識になるんだ。
  • 「美しさ」それは、地球上、宇宙の中、全ての者に無限にあてはまるもの。全て美しいんだ。でも、それだけではないし、受け取り方で違ってくるもの。
  • 例えば、わさび。ツンとくるけど美味しい。でも、美味しいからって、わさびだけ食べられないだろ。刺身の上にちょっとあるから美味しい。そればかりなら食えないという話。
  • そういう意味でも、見た目のいわゆる、きれい・美しい、というのは関係ない。すべての人間、すべてのものはそもそも美しい。生まれた時から。
  • ただ、もともと美しいけれど、育て方、手の掛け方で、美しさも変わる。人生の中で自分が見てきた美しいと思うもの。人によって全部違う。子育てもそう。この子は育てにくい、といっても、その子の人生があるんだ。本人が聞いてきたら、伝えたらいいし、頼んで来たらやってあげる。聞いてこなけりゃやらなければいい。美しさは、人間は自分で育てていかないといけない。本人が求めもしないのに、手を加える必要はない。
  • 美しさを大事にしたいなら、体裁を考えない。体裁や立場を気にして大事にしようとすると、動けなくなる。守りたくなって、動けなくなって、辛いと言いながら固まる。例えば会社で残業したりするような。
  • 人に見せよう、認められようと、体裁を整えたって美しくならない。本当の自分の美しさとはかけ離れていくだけ。
  • 姿、形、もち味…、違うから美しいんだろ。違う美しさがそれぞれあるはず。基本は全て美しいんだ。吸って吐く空気だって。既に美しい。美しいと思われなくても美しい。
  • 生きているから自分を美しく輝かせる。生きてなければ美しさも活かせない。生きているからもっと美しくなれる。生きている間、自分が自分を美しくできる。
  • 本来の美しさは、終わってからの話ではない。途中経過、そのプロセスにある。自分が動いているとき、美しさを充満させることができる。たから、立ち止まったらダメ。立ち止まったら美しさはない。
  • 疲れて帰ってきて、お茶飲んで、は~~って、解放されてぼーっとして。その感覚が幸せ?ああ、ここからが幸せ、なんて…、そこまでは幸せじゃないってことだろ。苦しさや我慢という不幸がなかったら幸せは味わえないの?
  • 生きている間、動いている間、触れ合うものすべての美しさがそこにあるはず。懸命にやる自分が美しいはず。そして、自分の美しさ、美しいと感じたことをどう表現するかが問題。美しい自分をやっているつもりでも、知らないうちに、その美しさに意地をはって、かたくなになっていたら美しくないな。そのままの自分をやっていたら美しくなる。
  • 美しい、にどこが、とか理由をつけると、かたくなになっていく。そのままでいいのに。人を好き、嫌いというのがあって、「好き」という気持ちは、そこに意識が集中している、ということだけなのに、どこが、と言うと本当か?ということになるよ。
  • 好きな人は、優しいから好き、と言って。嫌いな人が優しくしてくれたら、気持ち悪いって言うくせに。本当は、なぜ好きかなんて分からないの。自分でそうやってルールを作ってしまうだけなの。
  • ルールを作れば作るほど、こじんまりした自分に留まってしまう。それ以外は排除、ということになっちゃう。自分の中にも規則作って。そんな自分に美しさなんて、ないでしょ。自分の行動、いい子になろうと思って、いちいち気になる。美しさなんてないね。形の中に収めようとするところに、本来の美しさなんてない。
  • だから、自分の気持ち、心を、形に入れようとしてはだめ。規則や社会のルールがこうだから、という事を頭に入れて整えようとしないこと。
  • カミングアウト、みたいなものにしたってそう。差別があるから公表して主張しないといけない。認められようと。。。そんなの必要なの?素顔が美しい、そのままで、すっぴんの美しさのままでいいのに。自分を大事にするのに、主張はいるの?
  • 常に自分に問うこと、自分の生き方を問う。自分はこういう生き方、というところ。おかしかったら変えたらいい。皆が周りがどう思うか、全く関係ない。地球に一人だけしかいなかったら、法なんかいらんだろ。決まりはない。全ては美しくもあり、醜くもある。全ては無限に美しくなれる。
  • 自分が自分を愛おしく思えない人に、美しさは生まれない。
  • あなたの個性の中に美がある。社会の中で、個という性質、表に本当に出してるの?個性出して人と関わる自分じゃないと。
  • 「美しい」は、本来の出発点。幸せじゃないと美しさは生まれない。自分を大事にしないと美しさは生まれないということ。自分の感じ方で美しさを知りなさい。正しい人になること。
  • 思いのまま、自分らしく、というとき、損得勘定で選んでいる自分がないならいい。皆が幸せになる、正しいことのために、堂々と思いのままするならいいね。
  • 今日、食事をしながら、自分の「美しさ」を感じてください。味の美しさを味わう自分、音楽を耳で美しさを聴く自分、空間の美しさ、人の美しさ、それを感じる自分の美しさを。自分の表現は自分だけのありかたのはず。美しいもの、美味しいもの、味わったときの自分の表現。人の反応は気にしないで…。



2018年2月23日金曜日

ミャンマー開催 リトリート終了

2月8日~11日、現地開催のリトリートに、日本から22名、アメリカから5名の方がご参加くださいました。研修の体験学習で、特非)CEALOグローバル・ハーモニー・ジャパンの実施する、支援物資回収と配布事業、孤児院や農村部の訪問支援活動に参加して頂き、あっという間の4日間(アメリカ人は8日間)でした。
NPOブログはこちら


研修のテーマは、「人の道」。セアロ師の、「人道支援というが、人の道など、本来支援することなんて、おこがましくもあり、そんなことはできないもの」というお話に始まり、「孤児院にいる子たち、可哀そうとおもわないで。同情をするのではなく、自分が正しい意識、正しい行為で、協力させて頂く、という気持ちで、自分の人としての道を歩むつもりで、体験学習をしてください」というアドバイスにも、参加者の皆さんは最初から最後まで、穏やかな心で、活発に動いて汗をかかれていました。



参加者の皆さんには、当社が、NPOと共同で行ってきたココナツオイル製造事業の村にも訪問して頂き、村の人々と交流を深めて頂きました。ちょうどピーナツオイルができる時期でしたが、あいにく出荷を済ませてしまい、本当に少しだけしか皆さんにお譲りすることは出来ませんでしたが、村でのココナツオイルとピーナツオイルの即売には、大勢の方が手を挙げて下さいました。村の人もそれを目の当たりにすることができ、ますます誠心誠意、製造に取り組んでくれることと思います。

また、NPOを通じて知り合った現地で日本語を学習する学生達4人も、今回の旅行ツアー企画を依頼したJMC(地道ミャンマー)の見習いガイド?!としてボランティア参加。JMCの事務所に寝泊りしながら、朝早くから夜まで日本人参加者の皆様のサポート、そしてJMCの仕事を最後まで手伝っていました。

まだまだ、待遇がいいので日本企業の就職を希望したり、意に沿わない職種でも日本の実習生制度を利用した就職で日本に行きたい、という学生が多い中、人のつながりや、人に喜んで頂けることが喜びになる仕事観や、儲かりはしなくても、見えないところで社会貢献をしっかり行い、自分の人生そのものを豊かにしていく、といった価値観は、途上国で理解されることは少ないようです。そうした中、4人でも学生が今回の事業に参加され、日本人の中でも、ミャンマーに行ってまで、活動協力をしたいという気持ちのある方々に出会い、行動を共にすることができたことは嬉しいことです。

今後も、NPOのボランティア活動から一歩進み、経済自立ができるよう、正しく対価を受け取り正しく生かす会社経営を実践し、啓発していける陽月堂の事業を国内、海外で展開していきたいと思います!

そして、現地法人JMC&JT(Jimichi Travel)と共同で、ミャンマーツアー企画を継続実施し、その場限りの観光だけではなく、NPO活動への協力はもちろん、人と人の心の心のつながりを育みつづけることができるお手伝いをしていきたいと思います。

2018年1月15日月曜日

和心の会1月ありがとうございました。

和心の会
1月14日(日)

今月の和心の会、お食事はこちら

平成という時代が今年最後になってしまいますが、その平成30年の1月にあげられたテーマは「原点」でした。

今回も定員いっぱいの皆様にお申込み頂き(キャンセル2名、キャンセル待ち1名参加)、お手伝いご奉仕の皆様含めて今年初めての和心の会も賑わいました。ありがとうございました。

今回のテーマは「原点」…

慌ただしく目の前が忙しい、というときは、そもそもその始まりのきっかけ、なんらかの決断があって今の事をやっているはずなのですが、ふと、大事なことを忘れてしまっているような気持ちになります。果たしてその決断も正しかったのか、どうかも考える暇もないかもしれません。

いったい、そもそもの自分の原点とは、なんだったのでしょうか。もし、それを明確に言葉にできる人がいらっしゃれば素晴らしい、と思いますが、なんだかぼんやりとはしている、、、或いはこれが原点と思ったことが変わって、やっぱりこっちが原点だった、というような気持ちにもなってしまう、ということはありませんか?
あるいは、そんな事考えたこともない、という方もいるかもしれません。

今日もまた、全てを解決する答えはみつからないかもしれませんが、何か一つ、セアロのお話やこの空間、今日、共に過ごすこの皆さんとのひと時、そして料理、音楽、、、、五感のどこからでも感じ得られたことを持って帰って頂けたらいいなと思い、セアロ師のお話に耳を傾けてみました。

***
「原点」 セアロ師のお話メモ


  • 「原点」というのは、元々は、山奥の岩から、湧き出てくる石清水、最初の一滴を「原点」といったのがはじまり。今、認識されている意味とは異なる。
  • 親からの種を頂き、どう芽が出てどう花咲かせるのか。そこがいわば自分の原点。自我が芽生えてきた時が、自分の原点。
  • それまでは、親がつくった原点の中にいただけ。親の原点を見てまねても、自分の人生はできない。自分自身がどう芽を出し、実を育てるものでなければ。
  • そこを原点、と考えなければ、今の境遇、環境、条件のせいにばかりして、都合のよい言い訳にしてしまう。
  • こういう所に生まれた、こういう親に育てて頂いた…、それは最初に与えられたものであり、自分が出発したところが原点ということではない。そこでなければ生まれてこれず、生きるための条件が必要だった、その中で生きやすくしてもらっただけ。
  • 自我に目覚め、自分はこうする、と、自分で行動起こしはじめたとき、そこが原点であり、自分の責任で自分でやっていかなければいけない。
  • 自分の責任とは、自分で生まれてよかった、と思える自分になれるよう、果たしていくだけ。
  • なぜ、条件にこだわってばかり、条件のせいにばかりしている自分がいるのか、そこを考えなければ。人にどう見られているか、その相手によって、甘えたり、我慢したり、えらそうにしてみたり。そう言える環境だから、そうしているだけでしょ。生きやすい人が与えてくれた環境の中にいるとそうなる。そして、そこから抜け出せなくなる。甘えて生きているのに、文句を言いだす。
  • 与えられた環境であっても、自分でその環境を勝手に解釈し、作り出し、さらには、条件までつけるから。こうならこうして欲しい、ああならこうでなければ嫌だとか。
  • なぜ、本来の自分で自分の環境を作ろうとしないか。そうしたら、自分の原点で生きられるのに。自分の原点で行動し、自分でどんな果実が実ったかが見えてくる。
  • このままでいいの?と思い始めた時。これやったらこう言われる、そうやったらああなる、と楽な方、楽な方に決めてきたでしょ。人間はついそれが生きやすい方法だと思って求めてしまう。単なる寝て起きて食べるだけの生き物に成り下がったらだめ。
  • 友達、という存在。分かってくれるだろうと思っても、分かってくれない。人の関係、全て同じ。いつか分かってくれるだろう…、絶対ないよ。分かってくれません。友達だったと思ったのに…って。友達になってね、なんてお願いしないでいい、品格を持ちなさい。友のふりして、どう思われるか、分かってくれるかどうか…、なんて、無駄な時間、人生の大事な時間を過ごしたらだめです。
  • 離れていても、ふとその人のことが浮かぶような心のゆとり、それが長いつきあいになる。原点を大事にしている人は、そういうゆとりがある。
  • このお正月、ここをまた新たな原点にして、外から認められる成功や失敗に振り回されないように。


2017年12月28日木曜日

年末年始のご案内

陽月堂は年末年始も通常通りオープンしております。
新年の陽月院へのお参りやご挨拶の際は、
陽月堂ダイニングをご利用下さいませ。
特別メニューをご用意して皆様のお越しをお待ちしております。
ご予約や詳細は、お気軽にお電話下さい。

 ♪お正月特別ランチ(15名様限定★)\5,000円
   ♪その他ご予算に応じてご予約承ります。
 お食事\2,500~ スィーツセット\1,000~
 時間 (ランチ)11:00~13:30 (ディナー)17:00~20:00

TEL: 086-486-3755 (ダイニング:KABA子)



2017年12月27日水曜日

和心の会12月ありがとうございました

今年最後の和心の会、しめくくりのテーマは「利他」です。
今月のお料理はこちら

「利他」とは?と考えるとき、読んでそのまま理解すると、「利を自らの物にするのではなく、他に与える」、ということかな、と思います。
そして、この「利」という言葉も、「利益の利」つまり、”もうけ分”、”得するところ”、といったイメージがあり、それを人にゆずる、与えるということと思われます。更に、それをふまえて、物事を自分の損得のためではなく、人のためになることをする、というところまでは解釈できます。

しかし、これまでの学びの中で、私たちが今の社会の中で教えられた、或いは理解してきた言葉の意味は、もっと深めて捉える必要があることが分かってきました。人のためになることをする、というのも、見方を変えれば、何だかおこがましい事のようにも感じられます…。でも、大事なことだとも思うし、いかに、なぜ大事なのか、、、そこが知りたいですね。

さあ、セアロ師がおっしゃるところの「利他」とは…、今回、どんなお話をされたか、例によって振り返ってみたいと思います。

※毎回、このブログでセアロのお話の内容をご紹介させて頂いていますが、楽しみにして下さっているという声もよく耳にするようになりました。有難うございます。ただし、あくまでも、筆者の理解した内容であって、中には発展解釈もあると思いますし、セアロ師の言葉そのままの部分もあれば、前後のお話を踏まえて書き加えている部分もございますので、そこはどうぞご理解くださいませ。

***
<利他>
・「利他」というのは、言ってみれば便利な言葉。本当に利他になっているかどうかも分からないのに。
・全ての人、全て違う。人それぞれ”知足”、これで十分というところも違うはず。生まれたところも境遇も違う、一人一人の人生の中で努力の度合いも違うし、満足の度合いもすべて違う。なのに、これが人のため、と思っても違うかもしれない。
・自分が持っている残ったものを人に与えようというのは利他ではない。
・利他、といって良い事のように思うだろうが、利他に何を期待しているのか。「ありがとう」という言葉を求めているたなら、利他ではない。ほとんどの「利他」というのは、「良かれ」をやっているだけでしょ。
・その「良かれと思って…」は本当に邪魔。自分に与えられた1日、24時間しかない。時間さえも全部自分のものなのに、まず、全て自分のものにしてるかが問題。
・時間に振り回されている間は、物に振り回されているだけ。「時間」は「物質」のうち。だから、豊かな心というのは、物ではないところの話。「豊かな心」を求めながら、そこで物質に振り回されている。
・だから無駄な時間を過ごす。自分のやるべきをやらない。人への良かれに使うから、疲れる。
・与えられた自分のための時間、頭が考える自分のものじゃない。時間になったから食べる、時間になったからこうする、ああする…。たんなるクソするためだけの人間になるな。
・人として生きるなら、生き方そのもの、自分の経験すべてを味わい、自分にこれで十分と思うとき、手を差し伸べられるものがあったなら、はじめて「利他」になってる…、そういうものだ。自分が腹を空かせているのに「利他」は無理。
・痛み、苦しみ、悲しみ…、全てこの体があるから感じられる。「今日は休んでもいい…」って、生きている間、自分が持っている時間を無駄にするな。
・瞑想したら、禅を組んだら悟りの世界??どうしてそんな意味のない事求めるの。悟ってどうするの?悟るんだろ、だったら知り尽くせ、全部やり尽くせ、自分がすべてやって自分で味わいきれって。そうじゃないと、利他なんてできない。
・経験、という満足。失敗ということも味わえたら、そこで初めて自分の満足も分かるはず。皆君たち、一人ひとりバラバラに生まれている。息吸って吐いて、寝て食べて…。同じように与えられている一人の人生。なのに、あれが足りない、これが足りない…って、本当に自分が自分にどれだけしてあげたの?それを考えないと。
・それなのに、人の欲の満足は満たそうとする。あれもほしい、これもほしい、って、仲よくなりたいから良かれをする。
・君の体、借り物。自分のものではないよ。それに対してしてあげないのに、他人になんて、無理。もう少し~があったら、もし~だったらできる…?そういうレベルが利他?おかしいでしょ。
・「利他」は、自分の心が豊かであることから。心の豊かさのみが自分のもの。自分の時間、自分に尽くした、その中で物質が人に渡った…かもしれないというような時、人がそれを「利他」というかもしれない。そのように相手に通じるかどうか、相手次第。自分ではどうしようもない。そういうものだ。
・自分自身に「ドヤ顔」できるような自分をもっておかないと。自分にみせてあげて、自分が自分で生まれてよかった、という。それが利他のはじまり。





2017年12月11日月曜日

1周年記念ありがとうございました♪12/9

12月9日(土)は、1周年Specialディナーとしてご予約いただいた16名の皆様に特別フルコースを味わって頂き、10日(日)は、交流会で楽しくすごさせて頂きました。
遠方からも、近場でよく奉仕に通ってくださる方たちの中でも"お泊り"で12名の方々がワイワイと過ごされ、また一つ陽月堂のよい思い出が増えました。
ご参加くださいました皆様、ありがとうございました。

テーブルや室内のお花、飾りつけは、陽月堂からすぐ近くに東京から引っ越してこられた栗原さんがご奉仕してくださいました。有難うございます♪

今回は、お越しになった皆様がよりお料理を中心にゆっくりと話に花を咲かせながら過ごして頂けたらと思い、テーブルを分け、いつもと異なるレイアウトでセッティング。
食前酒から、各テーブルごとに乾杯してスタート、食事に合わせたワインもご提供させて頂き、デザートまでゆ~っくり過ごして頂きました。

メインディッシュは仕入れも難しい、通常は見ることもないTボーンステーキ。皆さんも味とボリュームに歓声を上げて喜んで下さって、嬉しかったです~♪


くまの園のオラこと森田様ご一行&熊本からはるばる、Kaba子シェフのご両親も♪
オラ父上様は「明日死んでもえぇ~」とたくさん召し上がっておられ、Kaba父上様は母上と料理のトレーディングをされて、なんと!ステーキ2枚をペロッと召し上がられて…大盛り上がりのテーブルでした。

お料理の内容は、ダイニングブログ(こちら)をご覧ください。

翌日10日(日)の交流会は、また新たなお客様がたくさん各地から来て下さり、陽月堂の1年を振り返って、ご縁のある皆様と忘年会さながらに楽しく過ごさせて頂きました。
司会は陽月堂の宴会部長♪マヨが担当
 ビッフェ形式で大盤振る舞いの料理が次々と…

料理の合間に、ウィンからスライドを使って、陽月堂ができるまでの半年、陽月堂の1年を振り返り、立ち上げの熱い思い、改装のプロセス、お笑いエピソードなど、面白おかしく語ってくれ、その間、皆さんにはしっかりお料理を召し上がって頂きました。


そして、グループ対抗ゲームで大盛り上がり。1年間陽月堂に来られ、しっかり味覚を磨かれた?!皆様の実力チェック!ということで、飲み物、食べ物の味比べをしました。
どっちが本物かな~~?!
自信たっぷり、見た目で分かるわ~♪
成績優秀チームには、賞品のプレミアムXXX!!!プレゼント

そして、最後は、福引プレゼント♪これまた施設中のあちこちに隠された宝探し探しして頂きました。中身はほんと~に、もらってうれしい物たくさん詰めさせて頂きましたので、中を開けて大盛り上がりの皆様でした。

 多くの皆様にご参加頂き、本当にありがとうございました。また新たな1年に向けて一歩一歩歩んでまいります♪引き続きよろしくお願い申し上げます。









2017年11月23日木曜日

和心の会11月ありがとうございました

今回の和心の会は、九州や北陸からの方が多く参加してくださいました。
先月のテーマは「愛」でしたが、今月は「いつくしみ」です。
ダイニングの「慈しみ」をテーマにしたメニューはこちら

「慈しみ」というと、どんなことを皆さんは思い浮かべるでしょうか。「慈愛」の「慈」、「慈悲」の「慈」です。
いつくしむ、とは、優しさ、或いは同情との違いはなんなのでしょう。これは必要なことなのか、不要な事なのか…、いいこと、正しい事、なかなか見極められないですよね。
いい人するな」、とセアロはよくおっしゃいますが、優しくすることは良くないのでしょうか。いい人やって、結局むくわれない、と感じたり、損した、と感じるようなことはありますか?せっかくその人の事を思って伝えたつもり、やってあげたつもりでも、肝心の相手には伝わらない、理解されず、なぜ?と言いたくなること、ありませんか?
セアロから何度となくお話を伺っていても、まだまだそういう感情が起きてくるのは何故でしょう?また、セアロはよく、「(人の事を心配するのではなく)ほっとけー」とおっしゃいます。本当に放っておいていいのでしょうか? 
そんな疑問をセアロにおたずねしたところから、ご講話を伺いました。

****
<いつくしみ>

●日本語には、英語では訳しきれないという言葉が多い。日本の言葉は深みがあり美しい。言葉を訳し訳されしているうちに、本来の意味ではなくなってしまう。
●なぜ、いつくしむ必要があるの?、なぜ愛してもくれないのに愛す必要があるの?愛しても~してくれないのに…、と違う価値観からの受け止め方をやっているうちに、すでに元の意味から違うものになってしまっている。なんでいつくしむ必要あるの、と言っている間はそもそも、慈しむというところまでも行ってないのに。なぜ、と思うなら、「そもそも自分がそこまで行ってないレベルだから」と思えばいい。
●我々にはもっと繊細で奥ゆかしい気持ちがあったはず。それを取り戻さないといけない。それをなくしたら、何も残らないのではないか。
●今残っている本来の「慈しみ」を、しいていえば、命かけて産んだ子がいたとしたら、その生んだ『瞬間』の意識、喜びが、本物の慈しみだろうね。一瞬だけ。
●それはとても繊細なもの。たとえば、子どもを生むとき破水して、自分の命にかえてでも生みたいと願う、私の命はいいからと願う…、しかし、だからといって自分がいらない、ということではない。その新たな命を自分が守り、育てなければいけない。自分でなければ、自分がやらなきゃいけないと思っているはず。
●だから、わが子だけにあるのが慈しみかといえば違う。他人も同じ気持ちで思えたとしたら、それこそが本当の「慈しみ」だろうね。
●戦後70年、日本で覚えさせられた今の薄い意識。優しくしたい、してもらいたい、好きになりたい、愛したい、愛されたい…。そんなものは、「慈しみ」からほど遠い。
●これぐらいでいいだろう、という意識を学習しすぎてきた。人に言われたことを自分のものにしすぎた。「あの人がこういうのだから、これでいいだろう…」、人に任せっぱなしで、人に責任転嫁までして。自分で判断しようとしない。
●慈しみの究極は、「私で生きてよかった」と言える自分になれば、自分自身を慈しむことになる。そういえる自分になろうよ。
●今我々が吸っている空気、みんなのものだろ。あの人が吐いた息、この人吸ってる、この人の息あの人吸ってる。共有しているのに、互いに意識もしてない。お天道様とおんなじ。万人が共有できる意識もされないような恵み。それが慈しみだろうね。
●仏像の目をみてごらん。自分が楽しい時も、悲しい時も、じっとみている。ただ、じっと見ている。同調して悲しんだり喜んだりしない目。仏の目はじっとみるだけ。どんな時でもじーっとみている。慈しみに、How to などありえない。じっと見られる一人ひとりの立ち位置も違うのに。慈しみは方法じゃない。近場で簡単に見つけようとしても見つからない。でも、すでに在る、遠くにある目、それが慈しみ。

2017年10月22日日曜日

和心の会10月ありがとうございました。

大型台風に警戒を促す予報の中、山地では、雨が静かにしとしと降っている感じです。今月も遠くからご参加の方含め、16名の皆様と共に過ごさせて頂きました。

今月のテーマは「愛」!!!大きな、永遠とも思われるようなテーマです。何度でも自分に問い直してみたいテーマです。

ダイニングの「愛」をテーマにしたメニューはこちら

愛には、恋愛の愛、家族の愛、神仏の愛、大自然の愛、大宇宙の愛…、いろいろ表現はあるのですが、本当はいったい何なのでしょうか。どれが本当の愛なのでしょう。はたまた、一つの答えなどあるのでしょうか。
人との関わりの中で、とどのつまり行き着くところに求めているものは「愛」なのかもしれませんね。愛がうまくいかない、と感じているならば、なぜそうなのでしょうか…。

今月も、セアロ師のお話に始まり、「愛のしずく」と題した今月和心の会のテーマ曲が流れる中、陽月堂ダイニングの食事を味わって頂きました。休憩をはさみながら、愛についてのご講話をじっくり聞いて頂きました。

**
10月のテーマ「愛」

  • 「愛」はとても大きなテーマ。人の数だけ「愛」があり、認識も異なる。「無償の愛」と言うけれど、それは「対価がない」って言っているだけなんじゃないの?そんなのが本当に愛なの?「愛」を軽んじすぎだと思う。
  • 日本語にはもともと「愛(あい)」といわず、「愛(いと)おしい」という。Love=愛にしてしまって違う意味になってしまったのでは。愛情があるとかないとか、そういうのは、すべてギブ&テイク。あげたらもらう、という。愛してくれているかどうか、愛したんだから、愛してもらわないととか。愛が証明されたかどうかで量られるようなものになっちゃってる。
  • 縁側で、じいさん、ばあさんが、「天気わるいなー」「このお茶美味しいわね~」、全然違う事言ってるのに、会話が成り立ってる。互いに愛おしいという気持ちがあるからそうなってる。それが愛なんじゃないの?
  • 言いたいこと、分かってるつもり。分かってない…でも一緒にいる。それが夫婦(めおと)。契り(ちぎり)。契りって、約束事でしょ。それは国が決めたこと。自分が決めてない。それと「愛おしい」は違うでしょ。
  • 玉が飛んでいるような中、それでも遊んでる子どもがいる。本人たちはその瞬間、幸せだ。愛だ。全てがそろっている中、それでもバッテリーが切れた、携帯がゲームが使えないと嘆く子がいる…。本人は不幸だと思っている。つまらないね。
  • 一瞬一瞬、一秒一秒、人生無駄にしないためにも、「私はいいのよ」と思うなって。「私はいいのよ」は、自分がいい思いをしてからにして。明日、自分はいないかもしれないのに。
  • 自分が幸せで元気なら人のことができる。息吸ってはいている以上、元気なんだよ。病気したら、病気するまで頑張っている自分がいる、私って愛おしいと思えたらいいね。人にほめてもらわなくていいんだ。
  • 老後なんてないよ。老人と思ったらダメ。いつまでも、「年を重ねた18歳」だ。
  • 何でもやりたくなる、近くの人へ奉仕したくなる、自然にそうなる、それが愛。「無償」もくそもないよ。無償って、有償の反対だろ?
  • 人の幸せのためにやるのが愛。愛おしいからやる。母親が赤ちゃんに母乳をやってる様子を、対価もらわないから無償の愛っていうの?違うでしょ?
  • 愛されているからこうしないと、ああしないと、愛してくれるならこうしてあげる…。これも違うね。
  • 愛おしいから、愛したいから奉仕する、それだけでしょ。そうしていたら、思いがけない喜びが返ってきた。「思いがけず」…でしょ。
  • 愛されているという事に敏感になりなさい。何かしら愛されていると感ずるなら、それは自然からの恵み、愛。人間の感覚の、定義の愛ではない。証明できるものでもないし、証明してくれというものでもない。愛されているかどうか確かめるのはやめなさい。



2017年10月10日火曜日

★陽月堂1周年記念イベントのご案内★


いつも、陽月堂のご利用、ご協力をいただき本当に、ありがとうございます!!
おかげさまをもちまして、陽月堂は11月11日に1周年を迎えます。
皆様への感謝を込めて、また、皆様と共に歩んだ1年間を祝しまして、
感謝イベントを開催いたしたく、ご案内申し上げます。

*******************


1年間の感謝を込めて、シェフの熱いハート、
陽月堂スタッフの心からのおもてなしを
心ゆくまで味わって頂きたい…。
陽月堂1年間の集大成、特上の素材と秘伝のレシピで
とっておきの贅沢*スペシャル・フルコースディナーに
皆様のお越しを心より…、心より、お待ち申し上げます。



船津KABA子
**

Yougetudo Dining * 1st Anniversary

 12/9  Special フルコースディナー 

平成29年12月9日(土)
Open (営業時間) 17:00~22:00

*完全予約制*<フルコースディナー> 
お一人様… 15,000

<お飲物> 
ソフトドリンク、ワイン、地ビール等 1,000円~


  • グループやご家族、お友達や大切な方とお越し下さるお客様は、個別テーブルをご用意させて頂きます。お気軽にご相談くださいませ。
  • 遠方からお越しの方、宿泊ご希望の方には、ご優待券をプレゼントさせて頂きます。






 12/10 ★陽月堂★親睦会&ビッフェ 

温かい励ましのお言葉、応援のご試食やご購入、
お手伝いにかけつけ、遠くから足を運んで下さり…、
陽月堂を支え、応援して下さった皆様に感謝をこめて
お得感たっぷりのビッフェランチをご用意させて頂きます。

1年をふりかえり、語り合い、笑いあって
お昼の陽月堂ダイニングで和やかなひと時を
皆様と共に過ごさせて頂きたいと思います。
お気軽にお立ち寄りくださいませ。

平成29年12月10日(日)
Party (親睦会~昼食)  10:30~13:30

参加費… 3,000円

お楽しみ企画♪ご参加の皆様にご案内いたします♪



<お誘い> ~Mayoより~
ダイニング店長の船津KABA子はセアロ師の厳しいご指導の元、料理人としての実力がメキメキとアップしている今日この頃であります。。。
いつも応援してくださる皆様にこの1年の感謝の意を込めて、カバシェフ渾身の力と心を込めたディナーをぜひ!みなさまに味わっていただきたく、陽月堂ダイニングでディナー企画をご提案させていただきます!


定員が限られておりますので、お早目のご予約をお願いいたします。(すでに、数名の方よりご予約を承っております)

遠方からの皆様は、ぜひゆっくりとお泊りでお越しになり、親睦会ビッフェにご参加くださいませ。
当日は、会場でセアロ師に見守って頂こうと考えており、ご講話は設定しておりませんが、お話を伺えるチャンスが頂けるのではと期待いたしております。
1年の終わりでもありますので、セアロ師にご挨拶を…という方も、ぜひご参加くださいませ♪





お申し込みは下記フォーム↓↓又は窓口連絡先まで
  ★ お申込みフォーム ★  



●窓口

(横田/マヨ)TEL:090-7506-4557
(船津/KABA子)090-7927-2147
(ウィン)080-7013-0108
(陽月堂)086-486-3755/(NPO)086-486-3866
(メール)yougetudo@gmail.com




「陽月堂」ってどんな会社だっけ??***

CEALOグローバル・ハーモニー・ジャパンの人道支援事業を基盤に、更なる平和貢献を目指し、起業家を育てることを目的に設立され、日本人とミャンマー人が共同で運営しています。陽月堂は、事業実践を通じて日本流の商い精神を追及し、人と人が直接つながり、感謝と尊重の気持ちをもって、互いの更なる幸せと豊かさを分かち合える経営をめざしています。
いつも応援して下さるおねーさま方♪
海外事業部門(ミャンマー)では、日本とミャンマーの繋がりを、経済的な利益目的に利用しあう関係ではなく、人々の幸せのために活かしあう信頼関係に深めていくことを目的に、日本流の商いを産業研究開発、社会起業家育成に反映させ、経済活動を通じた発展途上国への国際貢献を事業展開しています。